集中しすぎて事故になる「場面行動本能」(堂島川労働安全コンサルタント事務所より)

見出し画像

集中しすぎて事故になる「場面行動本能」

落ち着いて考えればわかる

「なぜあんなことをしたんだ?」
現場で事故が起きた後、被災者の行動を振り返って首をかしげた経験はありませんか?

たとえば、吊り上げている重い資材がバランスを崩して落ちそうになったとき、思わず「支えよう」と手を出して下敷きになってしまう。
あるいは、脚立や足場の上で落としそうになった資材や工具を「落とすまい」と身を乗り出し、自分がバランスを崩して墜落してしまう。

こうした行動は、後から冷静に考えれば「モノより自分の命のほうが大切に決まっている」と誰でもわかります。
しかし、現実の現場では、人間は自らの命よりも手に持つ工具や資材を大事にしてしまう瞬間があるのです。

このヒューマンエラーの原因は、人間の「場面行動本能」と呼ばれる特性にあります。

1. 「場面行動本能」

場面行動本能とは、瞬間的に注意が一点に集中し、周囲の状況や本来優先すべき安全が見えなくなって、反射的に行動してしまう本能のことです。

人は突発的な事態(モノが落ちる、倒れるなど)に直面すると、脳がパニックや極度の集中状態に陥り、その「場面」を解決することだけに全意識が向いてしまいます

特にこの現象は、業務に不慣れで余裕がない新人によく見られるほか、複数の業務を同時にこなしていて脳の処理能力が一杯になっている状況でも起きやすいとされています。
本人が「ルールを破ろう」と意図したわけではなく、人間の本能として意図せず行ってしまうエラー(錯誤)なのです。

2. 屋上防水作業を例にとってみる

「屋上で後ろ向きに進みながら、防水材を敷いている」のケースではどうでしょうか。

画像
屋上防水作業

防水シートをシワなく真っ直ぐ敷くには、手元への高い集中力が必要です。作業員は「目の前の防水材」に全神経を注いでいます。このとき、脳内では何が起きているでしょうか?

  • 視野・意識の極端な狭窄

    • 手元に意識のほとんどが向くため、周囲の空間認識へのリソースがほぼ無くなります。

  • 危険(パラペット)の失念

    • 作業開始前には「屋上の端は危ない」と頭で分かっていたはずです。しかし、目の前の作業に熱中するあまり、「パラペットがすぐ後ろに迫っている」という記憶そのものが脳から完全に抜け落ちてしまいます。

  • 墜落

    • 「まだスラブがある」と思い込んだまま後ろ向きに進み、パラペットにつまづいてバランスを崩し、最悪の転落事故へと至ります 。

過去にもありましたが、写真撮影中に、できるだけ現場全体を収めようと後ずさりする格好になって墜落したものや、バックホウが砕石の敷き均し作業に集中するあまり、後進して後方の作業員に接触した事故などとも同じ構造です。
どちらも「目の前の作業への集中」がきっかけになっています。

画像
写真撮影

3. 「注意不足」は自然発生している

事故が起きたとき、多くの現場は「作業員の不注意が原因」「もっと緊張感を持て」と個人の失敗だと捉えてしまいがちです 。

しかし、ヒューマンファクターの視点に立てば、「だめな仕事をするために働いている人はいない」はずです 。
「本人の注意不足」という見方で片付けてしまうと、まじめな人であればあるほど次に同じ作業をする別の人(まじめな人)が、全く同じ場面行動本能によって同じ事故を起こす可能性が高くなります 。

はじめに述べましたが、いい仕事をしようと注意が一点に集中し、周囲の状況や本来優先すべき安全が見えなくなり、反射的に行動してしまう本能が働きます。

4. 「場面行動本能」への対策

人間の「本能」を根性論や教育だけで抑え込むことには限界があります 。だからこそ、システムやハードウェア、そしてマネジメントの視点から、「人間は一点集中して周囲が見えなくなる生き物だ」という前提に立った仕組みづくりが必要です 。

作業員の「目」が機能しないのであれば、「足」や「耳」に訴える対策を講じます。
パラペットの手前に物理的な手すりを設けておけば、これ以上は下がるのは危ないと気づくことができます。
つまづいて転んでも墜落しない距離であれば、簡単なロープでも気付かせることは可能でしょう。
他にも、足元に触感で気づける警告ブロックを置いたり、境界線に近づくとアラートが鳴るセンサーを設置するなど、五感を刺激して強制的に意識を現実に戻す仕掛けが有効です 。

また、「後ろ向きに作業する」「一点集中せざるを得ない」といった作業が発生する場合、それを単独で行うこと(手順)自体がエラーを誘発しているとも言えます 。
周囲を監視・誘導する監視員を配置する体制を敷くなど、チームとして作業員の視野を補うことも有効になります。

安全とは「人がミスをしないこと」ではない

安全とは「事故が起きない状態」ではなく、「日々変化する危険な状況に対して、組織やシステムが柔軟に適応できている状態」を指します。

「場面行動本能」は、真剣に仕事に向き合っている証拠でもあります 。
現場を預かる皆さま、「もっと注意しろ」という精神論ではなく、「集中しても安全が確保される仕組みになっているか?」という視点を持つのも良いのではないでしょうか。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください