人生は暇つぶし?それとも思い出作り?|中越地震の災害復旧で知った法面工のやりがい

皆さんこんにちは。

エンタです。

先日ちょっと今後の動きで小笠原に行ってきました。

小笠原諸島 父島

非所に綺麗な島で、久々に鹿児島の島に行った気分になれましたw

 

閑話休題

今回はちょっと技術の話を離れて、人生と仕事の話です。


人生は壮大な暇つぶしか、思い出作りか

「人生は壮大な暇つぶし」

誰かがそんな事を言っていました。

誰の言葉だったかは分かりません。

皆さんはどう思いますか?

 

私は、人生は思い出作りだと思っています。

そう思うようになったのは、ここ数年ですけどね。

暇つぶしなのにキツい思いをするのは嫌じゃないですか。

でも、これも思い出だと思えば「まぁちょっとやったるか~」ってなるんですよw

それだけで少し気持ちが変わります。

面倒くさい事も同じです。

誰かのためにやってあげた事も、「この人にこれだけやってあげた」という思い出になります。

もちろん恩着せがましく言う事もありません。

自分の中にしまっておくだけです。

「やってあげたのに、こんな事言われた!」

これも思い出ですし、あとで飲み会のネタになりますよねw

こんな事を書くと、SNSでは「社長の思い出作りに社員を巻き込むな」と批判されそうですw

でも、これは私が始めた物語に社員が登場しているだけです。

逆に、社員の物語には私が登場しているだけ。

人それぞれの思い出作りなんですよ。

人生の思い出作りと仕事への向き合い方


中越地震の災害復旧現場で芽生えた変な自信

しんどかった現場ほど、あとで思い出として残ります。

私の中で一番しんどかったのは、中越地震の現場です。

気象庁の資料では、この地震は2004年10月23日17時56分に発生し、マグニチュード6.8、最大震度7を観測

地震調査研究推進本部の発表で本震のあと2週間ほどの間にM5.0以上の余震が19回発生しています。

地震前の長雨で地盤が緩んでいた事が重なって、地すべりなどの被害が広がったとされています。

斜面の仕事がとにかく多かった災害です。

当時の私は、朝から施工して、そのまま夜勤に入る日が続いていました。

夜も写真を撮るタイミングが来るたびに起きて撮影して、また仮眠して…

ホントにしんどかったです。

でも、あの現場を越えてから、変な自信が芽生えましたw

「あれに比べたら何とかなるやろ」って思えるんですよね。

今では良い思い出です。

その後、会社を作って、人を雇って、イロイロな事がありました。

これも全部、良い思い出です。

今ツラい時期にいる人もいると思います。

でも、それを越えていければ思い出に変わります。

夜勤明けの災害復旧現場と朝日


困難な現場と災害復旧こそ法面工のやりがい

だから私は、昔から人がやりたがらない現場が好きです。

上司が行きたがらない現場、前の業者がケツを割った(途中で投げ出した)現場、設計と施工が同時進行の現場。

困難であればあるほど、やりたくなるんですよw

やって、道を作っていきたい。

我々の仕事はインフラです。

地震や大雨で斜面が崩れたら、道路が止まり、その先の生活も止まります。

だから災害が起きたら、真っ先に現場に行きたい。

困っているならすぐに来たい!

その場で考えながら、集まった各社のプロと打合せして、少しずつ前に進めていく。

現場で創意工夫しながら形にしていく。

人の役に立って、キツくて、しんどくて、それでいて楽しい。

こんな職業は他に無いと私は思っています。

土木はインフラの最先端を走る仕事ですから、なおさらです。

私はその中の法面屋という一部分ですが、それでも最高の職種だと思っています。

人生の思い出作りに法面工、悪くないと思うんですけどね~w

今後、日本で仕事が少なくなったら、世界も視野に入れるかもしれません。

以前アフリカへ出張した時の話もブログに書きましたが、海外の現場も面白いですよ。

まぁ、行きたくない人もいるでしょうけどねw

災害現場で各社のプロと打合せする法面工


思い出だと思って、今の仕事も目一杯頑張っていきましょう!

成果が出たら、それも思い出です。

プラマイゼロも思い出です。

でも赤字だけはやめてくださいw

赤字の思い出は、社長の私が一番しんどいのでw

 

それではまた。

我々は常に過去を引きずって生きているからこそ、引きずる量が沢山有った方が経験豊か!

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