何者でも無い自分はいったい誰なのか?他人からどう見られているのか?

Xin chào mọi người.

Đây là Enta.

今日はもうポエムですwww

 

新人さんや、コレから挑戦する人達に書いてみました。

挑戦

はじめの一歩は、答えを持たないまま踏み出すもの

建設業界に入る時、「俺は法面工がやりたい」「絶対に舗装工になる」と明確な目標を持って入ってくる人は実は少ない。

多くの人は「とりあえずバカだから建設業で働く」「先輩に誘われた」「求人があった」「先輩に騙された」

という理由で、何となく目の前にある求人表、建設会社に入り現場に配属される。(私はとりあえず求人があった造園業でした)

 

それは決して悪いことではない。

なぜなら、実際に重機に乗ってみなければ、生コンを打ってみなければ、何も分からないですよね?

取りあえず配属された現場で仕事を始める。

私は最初は土工として、ただひたすら土を掘り、運び、締め固める日々でした(法面工じゃなく、監督でもなくw)

何のためにこの深さまで掘るのか、なぜこの勾配が必要なのか、最初は分からず言われるがまま。

でもそこから、確実に何かが生まれてくる。

「ああ、この床付けの精度が次の工程に影響するのか」と、現場の流れが見えてくる。全体が徐々に見えてくる。

工程
そしてそこから、気付くモノがある。

「この土工がちゃんとできていないと、次の井桁ブロックが苦労する」

「杭工の位置出し精度、打設が悪ければ、その上に乗る全ての構造物が狂う」とか。

自分の仕事が、どう次の職種に繋がり、最終的にどんな構造物を支えているのか。

その気付きこそが、次の挑戦への原動力になるんです。次につなげる為になるんです。

それをなし得た時、つまり、一つの工種を極めた時

何者でも無かった自分が、初めて輪郭を持ち始めるのではないでしょうか?

自分では「まだまだ一職人に過ぎない」「ただの監督に過ぎない」と思っていても、周りの目は変わっている。

「法面のことならエンタに聞け」「あいつのセメント入れは信頼できる(w)」と、現場の誰かがあなたを特定の技術で呼ぶようになります。

それが、あなたのアイデンティティになっていく。(あいつにセメント空袋を整頓させたら右にいるモノはいない!)w

アイツの法枠はマジで早い!

彼の法枠のコテ仕上げ最高は角が立って指が切れる!とかとか

若い職人に伝えたいこと

基礎

やりたい工種が無くてもいい。やりたい仕事が無くてもいい!

むしろ、それが普通だと思う。

大切なのは、まず配属された現場で、目の前の作業(仕事)を一生懸命やってみること。

 

1年やれば、その工種の周りが見えてくる。

最初は「ただ鉄筋を組む」だけだった作業が、「この配筋が構造物の強度を決める」と分かってくる。

舗装工なら、路盤工、基層、表層の関係性が理解できる。

自分の工種が、前後のどんな工種と関わっているのか、全体の工程の中でどこに位置するのかが見えてくる。

 

2年やれば、自分のやっている事がどの様に役に立っているか分かる。

抑止杭工なら、自分が打った抑止杭が何十年もこの山を滑らさず支え続けること。

法面工なら、自分が施工した法面保護工が、土砂崩れから人々の生活を守ること。

土工なら、自分が締め固めた地盤が、全ての構造物の基礎になること。

現場の向こう側にいる「使う人」の姿が、少しずつ見えるようになる。

 

3年やれば、それをどうすればもっと役に立たせられるか、もっと早く出来る?品質を上げられるか?分かってくる。

ここまで来ると、もう見習いではないですよね。

「この法面なら、もっと効率的な吹付け方がある」

「この舗装、転圧のタイミングを変えればもっと品質が上がる」

と、改善点が見える。

先輩の指示を待つだけでなく、自分から提案できる監督・職人になっているはず。

受動 能動

現場に出なければ、何も分からない(やってみなけりゃ)

建設業界は特に、やってみないと分からない事ばかりだ。(これはどの業界も世界中で同じ事!)

図面を眺めているだけでは、重機の操作感覚は身につかない。

教科書を読んでいるだけでは、生コンの練り具合は判断できない。

実際に手を動かし、汗をかいて、初めて分かることがある。

私はそれをブログで書いて、それを読んで現場で納得してほしい。

なのに、「この現場は条件が悪い」「この会社は給料が安い」「あの親方は教え方が下手だ」

そう言いながら、自分からは技術を磨こうとしない職人がいる。

それは、あまりにももったいない。(人のせいにしては何も進まないし学べない!)

現場に出て、挑戦して、初めて何かが分かる。

「基礎工は自分に向いている」

「高所作業は苦手だ」

「舗装の仕上げが楽しい」

「型枠の精度を出すのが得意だ」

その判断は、実際に鏝を握り、バックホウに乗り、墨出しをして、初めて下せるんです!

成長の可能性は無限

やって初めて分かる事をやらないとは!!?

成長の可能性は挑戦すればするだけ無限に広がります!

誰かが段取りしてくれるのを、ただ待っているだけの職人人生は面白いのだろうか?

言われた作業だけをこなす日々に、本当のやりがいはあるのだろうか?

違いますよね。

自分で考え、工夫し、技術を磨いていく職人・監督人生こそが、面白い。

それが元請監督だろうが、下請け作業員であろうと、独立した一人親方であろうと、本質は同じ。

どんな立場であっても、制約は存在する。

元請けからの指示、工期、予算、安全基準、それらは守らなければならない枠組みだ。

でもその枠組みの中で、どれだけ質の高い仕事をするか、どれだけ効率を上げるか、どれだけ人を育てるか?

それこそが、あなたを「ただの作業員」から「〇〇工のプロ」になっていくプロセス。

最初は誰もが素人なんです!

あんな威張っている所長も最初は素人。それが今じゃ独自の世界観をかもし出してる先輩とか・・・w

何者でもない自分が、何者かになる瞬間

つながり

監督の意識の中には職人を選ぶ際に「法面工の〇〇」「舗装ならあいつ」など、

他の職人たちからの評価や自身の目で見てきた事が、まるで墨出しの線のように刻まれています。

 

結局のところ、「自分がどんな職人であるか」「自分がどんな監督であるか」は、自分だけでは決められない。

他の職人や現場監督との関わりの中で、あなたがどんな仕事をし、どんな姿勢を見せたかによって、あなたの評価は形作られていく。

何度も言いますが、コレが業界関係無いんです!世界中のあらゆる仕事で共通している事。

何者でもなかった新人が、3年、5年、10年と一つの工種に取り組む中で、気づけば

「法面のことならあいつに任せろ」

「舗装の仕上げは〇〇が一番綺麗だ」

「杭打ちの精度なら△△だ」

と現場で認識される存在になっている。

それは資格の数でもなく、会社の規模でもなく、

皆さんが現場で積み重ねてきた一つ一つの仕事が作り上げた、かけがえのない「監督、職人としてのあなた」という存在と実績。

土工から始めた職人が、いつしか「抑止杭の名人」と呼ばれるようになるとか、

雑工として入った若者が、10年後には「この現場の要」と頼りにされる監督になるとか。

見習いだった頃の自分では想像もできなかった「何者か」に、あなたはなっています。

だから、今やりたい工種、やりたい仕事がなくても焦らなくていい。

配属された現場で、目の前の土を掘り、コンクリートを打ち、鉄筋を組めばいい。

与えられた仕事をやるだけでいい!

その先に、必ず「〇〇工のプロ」としての自分との出会いが待っているはず。

挑戦

自分は何をやりたいか?では無く、とりあえずやってみる!

しのごの言わずに言われた事をやってみる。

自分の人生を作るのは自分です。

だからこそ、一旦誰かに乗っかってそこから探すのもあり。

自ら探してみるのもあり。

大事な事はそれをしっかり把握出来るまで続ける事。

何も分からないままに辞めないことです。

周囲の人がイロイロな言葉で惑わしてきます。

甘い言葉で。

それにも負けないで下さい。

失敗してもまたやり直す。

失敗してもそれでイイじゃん!って軽く挑戦するクセを付けて行きましょう!

 

何者でも無いあなたが何者かになるまで挑戦しましょう!

 

Hẹn gặp lại nhé.

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