“土木の伝道師”が働き方改革にモノ申す
2019年4月、いわゆる”働き方改革関連法”が施行された。
主なポイントは、「時間外労働の上限規制(原則月45時間、年360時間)」、「年次有給休暇取得の義務化(年5日)」、「正規・非正規労働者間の不合理な待遇差の禁止」だ。今のところ、大企業が対象だが、2024年4月には地域建設業を含めたすべての職種に適用される。
「これも時代の流れだ」と言えばそれまでだが、「仕事がちゃんと回るのか」などと不安を抱える地域建設業の経営者は少なくない。
一人の土木技術者として「一人前の技術者が育たなくなるのでは?」と警鐘を鳴らす人物もいる。株式会社共同技術コンサルタントの松永昭吾さんだ。
働き方改革によって、土木技術者の育成にどのような影響があるのか? 噂の土木応援チーム「デミーとマツ」のねらいと併せ、話を聞いてきた。
働き方改革の先にある「技術者の成長鈍化」「完成物の品質低下」
――松永さんは、働き方改革や、その関連法の施行についてどう受け止めていますか?
松永さん 大部分は賛成ですが、心配もしています。
――心配とは?
松永さん 土木業界では、この20年ほどでしょうか。もっとかな? 大手が先行しながら自主努力として働き方改革を進めてきました。具体的には、仕事の効率化や休暇取得、社内手続きの簡素化、電子化などによる総労働時間の短縮がその中心だったように思います。
そういう取組みが進む中、業界は異なりますが、4年前の高橋まつりさんの過労死事件が起きました。衝撃的で痛ましい事件でした。労働問題なのでしょうが、完全に人権、人格を否定するような事件でした。
有名になった「電通鬼十則」はそれなりにいい言葉ではあるけど、「この時代に本気で強制したら本物の鬼だなあ」と思いました。
こうした背景もあり、今年の4月1日から働き方改革関連法が施行され、例えば、時間外労働時間の上限が「法令化」しました。働き方改革関連法施行のおかげで、発注者も含めて長時間労働を減らす努力が進みつつあることは、とてもよいことだと思います。
しかし、時間外労働時間をバサッと法的に制限するという方法には疑問をもっています。「自己研鑽をセーブしたり、チェックを簡略化してしまうことにつながらないかなぁ」という心配が頭をよぎります。さらには、その延長線上に「技術者の成長の鈍化」「完成物の品質低下」という心配があるからです。
――法律でしばることではないと?
松永さん 労働者保護という観点では強制力は必要だと思います。しかし、技術者や職人の世界では、若いうちに多くのことを経験し、習得し、それを成熟させていくというスタイルの人材育成が長年つづいてきました。伝統と言っていいかもしれません。「日本古来の徒弟制度を維持しろ」とは言いませんが、技術の伝承は不可欠です。
ここで重要なのは、人間の記憶力のピークは、ばらつきはあってもせいぜい15歳から25歳。若いうちは頭だけでなく、手や体の記憶力も高い。一人前になるためには、若いうちにたくさんのことを手や脳に教え込む必要があるんです。
だからこそ「若いうちに多くの苦労や失敗をさせる」。これが、人間という老化する生き物の成長にあわせた育成だと私は考えています。
働き方改革よりも”生き方改革”
――若いころにプライベートが充実しないと、結婚も出産も遅れちゃいますよね。二人揃って育休を取る時代ですし。
松永さん もちろん、プライベートをよりエンジョイするためにも、労働時間短縮を否定はしません。ただ、人にはいろんな生き方があり、価値観があるのに、一律にそれを法規制することに違和感を覚えるのです。
技術者の場合、若いうちに頑張らないと、一人前になるのが遅れ、資格取得が遅れ、収入も増えず、将来的に技術力不足で自分自身が苦労するなら、そのほうが人生として不幸ではないでしょうか。
土木業界においては、テクノロジーの導入でIT技術やロボットの活用が進んだとしても、習得すべき技術レベルが下がるとは考えにくい。だからこそ、記憶力が高いうちに、しっかりと頑張って、引退までの技術者人生を豊かなものにしてほしいのです。
短期的な視点で働き方改革を進めるより、むしろ自分の人生を俯瞰して生き方をデザインしたり、生き方を改革する意識をもって欲しいです。
――残業時間を減らすことが、技術力の低下につながると?
松永さん 低下するとは言い切れませんが、この業界は、時間をかけて丁寧な作業が求められることが少なくありません。
働き方改革だからといって、「今日は、みなさん午後5時に帰りましょう」という規制をやってしまうと、「今日は気合い入れてこの仕事を仕上げてしまうぞ!」、「今月はこの仕事を習得するまで頑張るぞ!」という気持ちを萎えさせてしまうことだってあるでしょう。人間はメンタルな生き物ですから。
その積み重ねが、技術力の向上を鈍化させると思います。もしかしたら、技能試験、資格試験の合格者の年齢も年々高くなってしまうかもしれません。
「ワークライフバランス」という言葉がありますが、「ワーク」と「ライフ」は敵対関係にあるものではありません。ワークとライフお互い響き合い、高め合う関係でなければならないと考えています。
働き方改革を進めることで、生き方、技術者人生が豊かにならないかもしれません。あくまで技術者、職人にとっては、法的にしばるのではなく、個人個人が生き方設計、生き方改革の中で、会社と相談しながら決めていくのがよいと考えます。
――技術者人生を豊かにするとは?
松永さん 労働時間規制のもと、30歳をはるかに過ぎるまで成長を遅らせてしまうと、部下を指導する立場になるのも遅れ、その経験を積むことすらできず、「総若手エンジニア時代」となるかもしれません。一人前になる前に、記憶力が大きく低下する年齢に突入し、技術者としての寿命を迎えてしまうことも懸念されます。手も動かず、図面も書けず、部下の指導もできない熟年技術者の増加。本人も部下も上司もつらい気がします。
逆に一人前になるのが早ければ、自分で判断できることが増え、それ以降、プライベートを充実させるなど自由が生まれると思います。社会に貢献できる自分に誇りを覚えながら仕事ができる期間が、長ければ長いほど技術者人生が豊かといえるのではないでしょうか。報酬にも少なからず影響すると思います。
――土木業界にとって働き方改革は不要でしょうか?
松永さん 不要だとは考えていません。必要です。しかし、「タイミングが悪いな」と思います。個々の技術者レベルが落ちると、日本全体の技術レベルも落ちます。良い職人もいなくなるでしょう。
大工や左官などの職人技は、中学校を卒業後、弟子入りして、若いうちに自分の体を使って覚えるという「手に職をつける」仕事です。20歳を超えてからでは、まずムリでしょう。
ただ、今の時代に中学を出て、職人に弟子入りする若者がどれだけいます? さらに、働き方改革によって、技術者のレベルが落ち、良い職人もいなくなる。このままでは、土木は将来、プロ不在の業界になってしまうでしょう。
働き方改革は、最も悪いタイミングでスタートしました。土木業界には働き方改革より生き方改革の方が求められています。来年以降、そのような考えを普及する活動ができないか、いま思案中です。
人手不足は「建設業のイメージが悪いから」ではない
――ところで、デミーとマツの活動も3年以上続いていますね。
松永さん デミマツの活動は、「土木のイメージが悪いから、これを変えよう」ということで始めたわけではありません。今の若い人には、土木、建設業界に対するイメージそのものがないんです。良くも悪くもない。ただ関心がないんです。デミマツの活動は「土木を知ってもらうため」に始めたんです。
最近の子どもたちには、Youtuberが非常に人気です。なぜ人気があるのかと言えば、誰でもネットで見られるからです。女の子にとって、人気の職業がいまだケーキ屋さんやお花屋さんなのは、ふだん目にしているからです。
でも、最近はインフラがある程度整備され、土木工事が減っているので、日常生活の中で土木の仕事をみる機会はかなり減っています。災害でもない限り、「土木のありがたみ」をTVや新聞で知る機会もないでしょう。
ただ、土木の仕事を実際に目で見ると、「スゴイね、かっこいいね」と思う人は多いと思うんです。一番見る機会がある土木の仕事は、道路の工事ですよね。だから、土木のイメージは道路工事のイメージです。道路の工事が各所でその価値と使命を伝えることができるなら、土木のイメージはかなり良くなると思います。
――「土木のイメージが悪いことから建設業に若い人が就職してくれない」という話を耳にします。何かアドバイスは?
松永さん 採用募集しても応募してくれないというのは確かに耳にします。子供が減ってますから、その影響は大きいでしょうしね。
しかし、建設業に人が来ない理由は、「イメージが悪いから」なんでしょうかね? 本気で人材を獲得したいと努力していない一部の建設業者の言い訳かもしれない。
私も中小の建設会社とお付き合いしていますが、意識の高い会社にはちゃんと人が来てますよ。
――人がこないのは建設会社の努力不足だということですか?
松永さん もちろん、少子高齢化や過疎化の影響は大きいです。しかし、「若い人がきてくれない」となげく会社に限ってPR不足、PR下手な会社が多いように感じています。他の会社より上手くPRできていない。
地域差はありますが、業界内の会合に出て、発注者に対してしっかり営業活動していれば、小さいながらも仕事はそれなりにとれると思います。だから土木・建設業界は、積極的にPRしなくてよい業界だったと思います。
しかし、これからは、限られた数の学生たちが、たくさんある仕事から一つを選択するのですから、魅力を感じる業界や会社に就職するわけです。
最近は、地元に残って、あるいは戻って暮らしたいという学生が増えたとも聞いていますのでこれは追い風です。ですから、営業活動とは別の努力が必要で、その努力がまったく足りてないと思います。
「人が来ない」と嘆く社長は、笑顔がぎこちない
――人材不足は死活問題です。具体的にはどうしたらいいですか?
松永さん イメージが悪いとか、それは政治やマスコミが悪いとか、そういうのは置いといて、まずは自分ができる努力をするべきです。
例えば、地域の学校まわりをして先生たちとのパイプをがっちりもっておくとか、目に見える形で地域に貢献しておくとか。村祭りや花火大会のスポンサーではなかなか若い人たちの記憶にはのこらないと思います。
学生たちやその親たち、先生方に対して、なぜわが社が地域に必要なのか、地域の安全や安心のためにどのような仕事をしているのか、その会社の使命や価値を明確にわかりやすく、誇りをもって説明できることも大事です。そして、それを学校や地域のイベントなどで発信して欲しい。
子ども向けの土木体験イベントを地域の現場で年に1回でもよいので開催するのも効果があると思います。会社の中にデミーとマツをつくるのをお勧めします(笑)。
デミーとマツはそれを応援します。人が来ないと嘆く建設会社の社長は、政治家や行政、業界新聞としか情報交換していないので、笑顔もぎこちない。
「あの会社に入りたい、あの社長の下で働きたい」という魅力をもっともっと高めて欲しいです。社長さん、社員さんの素敵な笑顔はきっと学生たちにも魅力的にうつると思います。