「ため息おじさん」と呼ばれた所長
その所長の1日は、ため息から始まり、ため息で終わる。
「おはようございます!」と挨拶をすると、「ハァ~。今日も始まるね」とため息まじりの暗い挨拶が返ってくる。朝礼には、ため息をつきながらイヤイヤ参加する。
中でも、私の一番のストレスになっていたのは、書類作成の時だ。
所長とは向かい合わせの席だったのだが、30秒に1回のペースでため息が漏れる。さらには、愚痴も吐きながらというおまけ付き。
「なんで俺がこんなことばっかり。ハァ~」
「これは俺の仕事じゃないよなぁ。ハァ~」
「今日土曜日だぞ。ハァ~」
最後の愚痴には、『業界長いんだから、そろそろ慣れろよ』とツッコミそうになったが、立場上、ガマンした。
苦情の電話でため息が漏れ、相手がブチギレ
その現場での巡回作業は、私の担当だった。
作業開始時、10時、15時、作業終了時にそれぞれ定期的に巡回を行っていたわけだが、その時間が私にとっての唯一の息抜き時間だった。
現場に出れば、気さくな職人さんたちが明るく話しかけてくれた。「今日は”ため息おじさん”(所長)の機嫌はどうよ?」などと、私を気遣いながら笑い話をしてくれた。
そんなこんなで、なんとか毎日を過ごしていたわけだが、ある日事件が起きた。
現場事務所でのデスク作業中、所長の携帯が鳴った。相手の声がかすかにスピーカーから漏れて聞こえる。どうやら苦情の電話らしい。
「ダンプ走行の際に、道路が汚れているから清掃してくれ」
苦情に対して、最初は冷静に対応していた所長だったが、つい、いつもの癖でため息が電話で漏れてしまった。
すると、それを聞いた電話の相手がブチギレし、現場事務所に怒鳴り込んできたのだ。
限界を迎え、所長に反論してしまった私
私の前で怒鳴られる所長。
怒鳴られている最中も、「ハァ~」と癖のため息が止まらない。あまりにも不可解な?不思議な?光景すぎて少し面白かった。
苦情を言いに来た相手に対して、ネガティブな発言はますますエスカレートし、あろうことか、所長が逆ギレし始めた。
「電話してくる暇があるなら、お前が掃除しろよ!!!」
なんと小学生みたいな逆ギレだろうか(笑)。
そんな会話を長々と聞かされ、ずっと我慢して話を聞いていた私もついに限界を迎えた。気づいた時には所長に向かって、こんな言葉を投げてしまっていた。
「そんなに仕事がイヤで、ため息ばかりつくなら、仕事を変えればいいじゃないですか。少なくとも、一緒に仕事をしている人間までネガティブになるので、そういう発言はやめてもらえませんか?迷惑です」
キレる所長から私を救ってくれたのは…
年下の私にこんなことを言われた所長は、案の定、私にもキレ始めた。
「所長のストレスがお前に分かるんか?あぁ?」
言い返すことができず固まっていると、それを見ていた協力会社の方が仲裁に入り、手を差し伸べてくれた。
「この子は毎日毎日、あなたのため息とか愚痴を聞きながらも、文句も言わずに現場で明るく振る舞ってくれていましたよ。一緒に気持ちよく仕事ができる場をつくることが、所長としての仕事ではないですかね?」
その一言で、これまでのストレスがスーッと消えていくのを感じた。所長も何も言えない様子で、「反省します」と一言だけボソッと呟き、この一件は終結した。
あれから5年。久しぶりにその所長の現場にお邪魔する用事があった。
相も変わらず、「ハァ~」とため息をついていたが、そのあとに「あ、悪い癖がでたわ」と自分でツッコめるくらいの余裕ができていた。今では、その時のことを2人で笑い話にできるようになった。
あの時に協力会社の方が言ってくれた言葉は、今でも私の糧になっている。