カシメ屋と「東京五輪音頭」
2021年には第2回目の東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。前回のオリンピックは昭和39(1964年)でした。
私の耳の奥には、今は亡き三波春夫が歌った「東京五輪音頭」が今でも残っています。
思い返せば、この頃がちょうど、鋼構造物の現場継手が「リベット」から「高力ボルト」に変わった時期でした。したがって、現在の首都高速の第1期工事の路線は、オリンピックを目指して建設されたので、そのほとんどの橋や鋼製橋脚の現場継手には、リベットが使われています。
高速道路の下から上を見上げると、継手個所にリベット頭の並んでいるのを見ることができます。このリベットを打つ作業者を、俗に「カシメ屋」といい、漢字では「鉸鋲工」と書きました。
死の危険を伴うカシメ作業
カシメ作業は、たいへん過酷な労働でした。
900~1100℃に熱せられたリベットを扱うわけですから、一つ間違えば、大やけどを負うか、当たり所が悪ければ、死に至ることにもなりかねません。
また、鋼橋の架設現場における現場接合作業であり、地上高さ数10mから100mを越えるような高い場所での作業ですから、墜落の危険もあります。
これは鉄骨工事でも同様です。
カシメ作業と、女陰を指す隠語
カシメ作業は、まず、なま(常温)のリベットを、鉸鋲に適する1100℃付近まで加熱する必要があります。
現場では一般に、ドラム缶の上部を切り、高さの1/3あたりに火床を設け、ここでコークスを焚いて、リベットを10本程度並べて熱します。この炉を「ホゾ」、あるいは「ホト」といいます。
ちなみに「ホト」は漢字では陰であり、女性の陰部をさす語です。このホトが訛ってホゾになったもので、「臍を噛む」のホゾとは違うと思われます。
このホゾで焼いたリベットが桜色になった頃が1000℃前後なので、これを1m程度の長さの火箸で取り上げ、鉸鋲をすべき継手の位置まで絶妙のコントロールで投げます。それは見事なものです。
受け手は、やや大きめの取手の付いた漏斗状の受口を持ってこれを受け、表面のスケールを落として、締めるべきリベット穴に火箸で差し込みます。
次に、頭のある方を当て盤で押さえ、リベットハンマーを持った打ち手が、棒状の軸の方をハンマーで打って半円球状の頭ができるまで打ち込みます。リベットは全体に高温になっているので、打撃を受けて、継手の穴の全域に拡大され充填されます。
現場で一般に使われていたリベットハンマー(俗に「鉄砲」という)は、圧縮空気がシリンダーの中のピストンを往復運動させ、その衝撃力でリベットを打つわけです。
鉄砲の先にはスナップが付いており、これをピストンで叩くわけです。スナップはシリンダーの先端に数cmほど突っ込んでいるだけなので、そのままではピストンに押されてどこかに飛んで行ってしまいます。そのため太めの番線で鉄砲の本体につながれていました。
リベットの焼き手(この人が親方、もしくは棒心)、受け手、当て盤、打ち手、ボルトさらいと最低でも5人必要ですが、一般には5~7名が1パーティーで作業していました。
カシメ屋は雨が大嫌い!
「カシメ屋は、朝、一粒でも雨が降ると出てこない」と、よく鳶が言っていました。
確かに、カシメ作業の途中から雨になると、せっかく打ったリベットの母材のすき間から雨が侵入して、リベット自体を緩めてしまう可能性があるのです。
せっかく苦労して打ったのに、後から作業のやり直しをさせられては、たまらないので、雨が降り出したら、即刻、カシメ作業は中止となります。
また、鳶さんが言うように、朝の6時や7時ころに小雨が降ると、現場には出てきません。それで8時ころには薄日がさしてきたりすると、これは大変で、現場の監督官や元請けのGC(ゼネコン)から、早く作業しろと矢の催促になります。特に、工程が遅れていたりすると、どんどんエスカレートしてゆきます。
素人にカシメ作業は無理!
ある国鉄(当時)の駅舎の大改造工事で、橋と鉄骨の両方の工事がありました。
そこで上述のように朝から小雨が降り、カシメ屋がやってこない状況がありました。そのとき、カシメの親方と元鍛冶屋の親方が会社の番頭役で事務所におり、そのほかに事務員兼現場の片付け役の若者もいたので、4人でカシメをやるか、ということになりました。
カシメの親方は、昔取った杵柄でリベットを焼きます。しかし、さすがに投げるのは感が働かないということで、若者がホゾのところまで行って焼いたリベットを受取り、継手位置まで足場の上を運んでリベット穴に差し込みます。
当て盤は私の役、打ち手は鍛冶屋の親方です。音だけさせておけば、みんな納得するだろうということで、カシメのまねごとをやりましたが、小一時間もすると、全員力尽きました。
そのうち、曇り空から、また雨がパラパラ落ちてきたので、これ幸いと作業を切り上げました。後にも先にも、建設現場でこんなに緊張し、体が凝ってしまったことはありませんでした。
次の日、本職のカシメ屋からは、「こんな余計なことをしてくれて、手間が増えるではないか!」と、さんざんお叱りを受けて、素人カシメは終了しました。
(つづく)
施工の神様より