土木の寵児と3次元施工
今、従業員13名の小さな土木会社に勤めている39歳の男が、3Dデータなどの最先端技術を駆使し、土木施工の新しい境地を切り開いている。その動向には国土交通省や錚々たる大手企業も注目。昨年コマツとNTTドコモなどが共同設立したベンチャー企業ランドログも、この男と共に新しい土木技術の開発に乗り出した。
「僕が新しい技術を追求するのは、ラクして儲けることが目的。ラクじゃなければICTもIoTもムダ。やらされてる感がハンパないi-Constructionを勘違いしている人も多いが、棒切れのほうが便利なら、迷わずそっちを使う。」
――なぜ、一介の現場作業員でしかなかった男が、土木革新のキーマンへと化したのか?土木工事の「キセイ」を打破し、更なる「カイゼン」を続けている正治組の大矢洋平氏に密着した。
独学の施工管理で睡眠3時間
大矢氏が正治組(静岡県伊豆の国市)に入社したのは、ヤンチャ盛りの19歳。土木の道に進んだのは、当時付き合っていた彼女の父親が、たまたま正治組の社長だったからだ。その後、スコップを片手に現場作業員として働き、めでたく彼女とも結婚する。
大矢氏が入社した当時、正治組は土木工事の下請け一筋で、昭和43年の創業以来、元請けの工事経験は一度もなかった。大矢氏も約5年間、下請けの土木工事で現場作業員として働き続けていた。
しかし、24歳のとき、このまま下請けの仕事だけ続けていくことに限界を感じ、元請けもやってみたいと社長に直訴する。
「じゃ、やってみろと簡単に言われて、勢いで県発注の工事を受注した。でも、社内に施工管理の経験者は一人もいないし、誰も教えてくれない。土木作業員の経験はあっても、施工管理については知らないことばかりで、がむしゃらになって自分で調べまくった」と当時を振り返る。
「積算、設計照査、安全管理、工程管理、実行予算、変更資料の作成など、独学でイチから勉強した。下請や材料の手配、発注者との協議、工事点数のアップ、地元調整……最初の約3年間は勉強しながらの仕事だったが、どうにか毎日睡眠3時間で乗り切った。」
我流で施工管理を進めていた大矢氏は、やがて他の会社の技術者はどうやって施工管理をしているのかという疑問を抱き始める。と同時に、監督業のあまりの激務ぶりに、自分のやり方は非効率なんじゃないかという不安にも駆られるようになる。
「田舎の片隅で施工管理を一人でやっていて、相談できる先輩もいない。地元の建設業協会も結局は、公共工事の受注を争うライバル同士で成り立っているので、肝心な技術やノウハウは教えてくれない。とにかく“井の中の蛙”感が強く、孤独だった。」
しかし、独学であればこそ、旧来の施工管理のやり方にとらわれることなく、「少しでもラクできる施工方法」を目指して、大矢氏は3次元施工への最短ルートを歩むことになる。
スコップもCIMソフトも同じ道具にすぎない
まず最初の現場で痛感したことがあった。「現場測量」と「座標・高さの計算」、この2つの業務を効率化できれば、労働時間を大幅に短縮できるという点だ。折からノンプリズムトータルステーションが現場に出回り始めた時期だった。
「そのときはネットだけじゃなく、本やパンフも含めて、測量や施工管理に関する情報を収集しまくっていた。そのなかに、たまたまノンプリズムトータルステーションの広告をみつけて、これだと思ってメーカーにデモンストレーションを見せに来てくれと問い合わせた。でも、ウチのような田舎の零細企業は軽くあしらわれて、相手にしてもらえなかった。」
これをきっかけに、ますます“井の中の蛙”感を深めた大矢氏は、ひとりぼっちでノンプリズムトータルステーションによる測量や3Dデータの作成に取り組むことになる。ひたすら自分の苦労を減らすために、生産性の高い施工方法を追い求めた。
大矢氏が3次元施工に取り組み始めたのは、国土交通省がi-Constructionを打ち出した2016年4月よりも15年前、2001年のことだった。
「作業員だった僕からすれば、スコップも重機も3Dデータも道具にすぎない。どんどん出てくる新しい道具をどう使いこなすかが技術者の技量。その点、僕の提案通りにソフトウェアとかにも出資してくれる社長には感謝している。もちろん、そのぶん自分の現場では利益を出さなきゃだけど(笑)」
そして、下請工事だけでなく、元請工事も受注するようになった正治組は、試行錯誤しながら、道路工事や護岸工事などで3Dレーザースキャナー、ドローン、ICT建機、3Dモデリングソフトなど、最新技術を次々と導入していった。
当然デジタル領域の勉強は欠かせなかったが、ゲームオタクの素質を持っていた大矢氏にとっては、ゲーム感覚の延長で全く苦ではなかった。
「測量に適した3次元モデルを作成するには、地上画素寸法や画像処理、SfM(Structure from Motion)、MVS(Multi View Stereo)などの知識も必要だった。
でも毎日1時間、ラクをするための勉強を続ければ、午後3時に帰宅することも可能になってきた。土木はツラくて儲けちゃいない、という既成概念を取っ払っていきたいと思っている。」
現在、大矢氏が使っている主な“道具”は下記だ。
- CIMソフト「TREND-CORE」(福井コンピュータ)
- 3D点群処理ソフト「TREND-POINT」(福井コンピュータ)
- 3Dデータ作成ソフト「SiTECH 3D」(建設システム)
- 測量アプリ「快測ナビ」(建設システム)
- 3Dレーザースキャナー「GLS-2000」(トプコン)
- オンラインストレージ「Dropbox Business」(Dropbox)
工事期間285日を予定していた下記の工事では、88日で工事を完成させ、粗利30%を達成した。
正治組では、大矢氏以外の現場監督4名も皆、ほぼ残業せずに、過去最高益を更新している。
土木工事の2次元図面という弊害
そもそも、実際の土木構造物は3次元なのに、2次元図面で設計・施工すること自体に弊害が多かった。
例えば、道路改良工事で側溝と電柱が干渉する設計の不整合があっても、2次元図面では発注者や設計者が気付かない場合もある。また、発注者の指示通りに施工すると建機が横転するのが明らかな場合もある。そこで施工者は発注者に対して、変更計画を説明するのだが、2次元図面ではなかなか不整合を理解してもらえない。
その点、「TREND-CORE」に平面図、縦断図、横断図を取り込んで、半自動的に3Dデータ化してしまえば、素人でも設計の誤りは一目瞭然となる。地域住民に工事内容を説明する際も、3Dの動画であれば交通規制への理解も得やすい。
また、現場作業員も2次元図面だけでは、全員が職長と同じ施工手順をイメージすることは難しい。計画の位置や高さも把握しにくい。そのため大矢氏は、3次元設計データを利用して、施工ステップが分かる動画を作成し、それを着工前に作業員や発注者に見せている。
「全員が同じ施工手順のイメージを共有するだけで、現場でのムダな動きや手戻りが減り、その結果、誰も損せずに利益が増える。」
3次元データはICT建機のMC(マシンコントロール)にも活用している。
3D設計データとDropbox
3Dデータの活用と両輪をなしているのが、クラウドによる情報共有だ。正治組では「Dropbox Business」を使い、施工計画書や実行予算書、工事写真帳、施工図面、数量計算書を社員全員が共有している。これは業務進捗の把握だけでなく、社員教育にも役立っている。
もし後輩が分からないことがあっても、先輩の施工データを過去分も含めて、すべて覗くことができるため、いちいち質問しなくても理解できる仕組みだ。もう正治組では社員同士のメールをほとんど使っていない。Dropboxに図面を入れておけば、そっちのほうが確実だからだ。
「Dropboxはクラウド上に施工データを保存しているので、たとえ現場事務所のサーバーが壊れてデータが消えても復元できる。今までデータが吹っ飛んで自殺した技術者を何人も知っているので、Dropboxは会社と自分を守るためにも入れておくべき。」
今、正治組では入社2年目の社員が、県発注の堰堤工事の現場代理人を務めている。昔であれば10年以上の監督経験がなければ任せられない仕事だったが、「3D設計データの活用」「丁張り不要」「クラウド利用による共有」という正治組の常識がこれを可能にしている。
やんちゃな土木ネットワーク(YDN)とi-Construction
大矢氏が「やんちゃな土木ネットワーク(YDN)」を立ち上げたのは2015年4月14日。YDNは、土木の新技術に関する知見を中小企業間で共有し、既存技術に満足することなく、常に技術向上を目指す組織だ。
「現場管理の経験を積むうちに、自分が経験した過重労働を若い世代にもさせていいのか?ツラいのが当たり前の土木を、このまま若い世代に引き渡していいのか?次第にそう自問自答するようになってきた。そして、全国のどこかに、自分と同じ想いを持った土木技術者がいるのではないか、そう思って、何人かの知り合いを誘ってYDNを発足した。」
すると、その1年後の2016年4月、国交省がi-Construction政策を打ち出した。その内容は大矢氏がこれまで独自に進めてきた土木の施工方法と、方向性が全く一緒だった。時代がようやく正治組のやり方に追いついた形だ。
「i-Constructionの内容は、僕が昔から実践してきた内容そのものだった。今更感はあったが、ようやく土木が変わると思った。」
以降、3次元施工の経験者だった大矢氏は、国交省やスーパーゼネコン、大手ソフトウェア会社などから、講演や勉強会、交流会など色々な場所に講師として呼ばれるようになる。
「正直、最初の頃は作業員上がりの僕から学びたいなんて、スーパーゼネコンの技術者も大したことないなと思っていた。実際、知識不足の技術者もいるにはいるけど、多くの技術者と接する機会が増えてくると、上には上がいることも存分に思い知らされた。
特に大林組の杉浦伸哉さん(土木本部本部長)鹿島の後閑淳司さん(ICT・CIM推進室長)、この2人に会ったときは、自分のほうが教わることが多く、ファンになった。“井の中の蛙”から一気に解き放たれた気がして興奮した。」
i-Constructionの認知拡大とともに、YDNの取り組みも全国に知れ渡るようになり、2018年7月現在、YDNの加盟企業は19社になった。
「YDNの実態は、学校の部活動と似ている。UAV部、VR部、CIM部、地盤改良部、新基礎工法部などがあって、自分の好きな部門で施工事例を共有して、好奇心を原動力に新技術を勉強している。国が言っているからi-Conをやるとか、やらされてるi-Conの世界ではない。
例えばUAV部では、ドローンで測量する際の自動航行ルートの設定方法がわからなかったので、自分たちでiOSアプリ(Drone-ize ✕ YDN PRO)を作ってしまった。タブレットで測量範囲やラップ率などを設定すれば、自動で帳票データが出力される空中写真測量支援アプリであり、NETISにも登録した。」
3次元施工の土木はゲーム感覚
2017年、大矢氏は国交省中部地方整備局から、3次元測量、3次元設計、ICT建機施工、3次元出来形管理の4区分における「ICTアドバイザー」として認定された。
正治組では、社内トップの施工高と利益率を叩き出すと同時に、土木部部長として、部下の現場監督たち全員の売上アップにも貢献している。
と同時に、YDNの組織運営や、VR・ARなどの新技術の開発にも従事している。さらに現在はベンチャー企業ランドログと共に、カメラを定点設置するだけで生コンの打設率を可視化できる新技術の実証実験を進めており、この技術は将来的に、掘削工事などにおける土量の可視化にも応用できそうだ。
「施工管理を始めた当初はキツかったが、今は土木が楽しくてしょうがない。3DソフトやICT建機、CIMなど最新技術のおかげで、お金、時間、精神に余裕ができてきた。僕のやり方であれば、きっと最近の若者も土木をやりたいと思ってくれるはず。
今ひそかに考えているのは、ニートのゲーマーを土木技術者にすること。ちゃんと正社員として雇用して、現場に来なくてもいいから、自宅で点群処理ソフトや3DCADを使用し、3Dデータを作成してもらう。彼らの得意分野だし、ゲーム感覚で楽しい仕事になると思う。
今では、僕が3次元施工を勉強し始めた頃と違って、便利なソフトも多いから、ちょっと勉強すれば誰でもICT施工はできるようになる。」
大矢氏は、土木技術者に必要な条件として、下記を挙げる。従来の土木のイメージと真逆だ。
- 失敗を恐れない
- 過去に執着しない
- 苦手なこともやってみる
- まずは自分が楽しむ
そして、土木界の寵児はこう言う。
「僕より社長が凄いんですよ。若い時にどうしようもなかった僕を育ててくれて。社長は3Dとか何もわかっていなくても、好き勝手させてくれた。僕もその恩義があるから、もっと利益を上げなければいけないと努力する。今の僕があるのは、すべて社長のおかげなんです(笑)」
――大矢洋平という、やんちゃな土木技術者の視点で土木業界を見渡すと、人手不足というのが嘘のように思えてくる。
近い将来、土木はかっこよくて、人気の職業になるのではないか。そのためにも、大矢氏のように「キセイ」を打破し、「カイゼン」していく土木技術者が一人でも増えてほしい。
「土木は、本当に楽しくてしょうがない!」はずなのだから。
P.S エンタもこの会に入りたくて問い合わせしたのですが、紹介者がいないため断念した経緯がありますw
しかし、私も今後の土木は3D活用無しにはあり得ないと思っていますので、応援したいですね。
と言いつつうちでも勝手にiconstructionを考えていますw(法面専用ですが)モノになれば楽しいですよね。